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教会誌「こころ」巻頭言
Kokoro
2018年 4月 1日(日曜日)

エマオへの道と下山神父さま

教会誌「こころ」2018年4月号より

 

主任司祭 パウロ三木 稲川圭三

 

ご復活おめでとうございます。

冬の間、葉を落として枯れたようになっていた木々が、また芽吹き、花を咲かせる季節となりました。英語で「春」は“spring”ですが、草花が大地から泉のように湧き出し、心弾む喜びの季節に、毎年復活祭を祝うことが出来るのは、本当に幸いだなあと思います。ご復活とは、わたくしたちの内に、内から湧きあがる、いのちと喜びの出会いだからです。福音書の中には、復活されたキリストと出会った人々の喜びが、いくつも描かれています。しかし不思議に思えるのは、初めは人々がイエスさまに会っているのに、「それがイエスだとはわからなかった」(ルカ24・16)ということです。このことは物語の中で度々報告されている重要なメッセージです。つまり、わたしたちも「お会いしているのに、それがイエスだとはわからない」ということがあるのだよと、教えているのだと思います。福音書は、わからないわたしたちを、出会いの喜びへと導くために、いくつもの物語を記してくれています。その中で最も丁寧に出会いへの経緯を説明してくれているのが、『エマオの弟子』の物語ではないかと思います。今日はエマオの弟子と一緒に、内から湧きあがる、いのちと喜びの出会いへの道を歩かせていただきたいと思います。

『エマオの弟子』の物語は、ルカ24章13~35節です。声に出して読んでも3分半くらいの長さなので、どうぞ一度お読みになってみてください。これは復活の日の出来事です。二人の弟子がエルサレムから60スタディオン離れたエマオという村に向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていました。60スタディオンは約11km。麻布から直線距離で11kmはちょうど蒲田あたりです。二人が話し合い論じ合っていると、イエスさまご自身が近づいてきて、一緒に歩き始められました。しかし二人の目は遮られていたので、「それがイエスだとはわからなかった」のです。イエスさまは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と聞かれました。イエスさまは、二人がやり取りしているその出来事の深い意味に、二人を出会わせたかったのだと思います。しかし二人は暗い顔をして立ち止まりました。彼らがやり取りしていたこととは、イエスさまについての一切のことです。つまり、
「イエスさまが行いにも言葉にも力のある預言者であったこと」、「この方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていたこと」、「祭司長たちが、イエスを死刑にするために、十字架にかけてしまったこと」、「三日目の今日、仲間の婦人たちが墓へ行き、遺体を見つけずに戻ってきたこと」、「天使たちが現れ、婦人たちに、『イエスは生きておられる』と告げたこと」、「仲間の者が何人か墓に行ってみたが、婦人たちが言った通り、あの方は見当たらなかったこと」です。これは皆、わたしたちも今、教えられて知っていることです。でも今、もしわたしたちがそのことを知ってはいても、暗い顔をして立ち止まっているなら、この二人の弟子と一緒なのだと思います。イエスさまは二人に言われます。すなわち、イエスさまはわたしたちにこう言われるのです。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」・・・そしてモーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、ご自分について書かれていることを説明されたのです。イエスさまの言われる「聖書」とは旧約聖書のことです(その時、新約聖書はまだ存在していません)。ですからわたしたちには今、イエスさまは、ミサの第一朗読(旧約聖書)を通して、ご自分について書かれていることを説明してくださっているのです。

一行は目指す村に近づきましたが、イエスさまはなおも先へ行こうとされる様子でした。二人が「一緒にお泊まりください」と無理に引き止めたので、イエスさまは共に泊まるために家に入られました。「共に泊まるために入った家」とはわたしたちにとっては教会のことです。今、イエスさまはここで、わたくしたちに同じことをしてくださいます。「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」(ルカ24・30-31)「イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」・・・これも不思議ですね。「イエスさまに会っているのに、目が遮られていて、イエスさまだとはわからなかった」ことも不思議ですが、「二人の目が開け、イエスさまだと分かったとき、その姿は見えなくなった」ということも同じように不思議なことです。わたしは「その姿が見えなくなった」のは、「イエスさまだと分かって」、「イエスさまと出会うと」、「イエスさまと一緒の向きで生きるものになる」からだと思います。イエスさまと一緒の向きで生きるものとなるとき、今度はその人の歩みそのものが、「イエスさまの姿を現すもの」と変えられていくのだと思います。二人の弟子は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合い、時を移さず出発して11kmの道のりを引き返し、エルサレムにいる仲間たちに、そのよいお知らせを告げました。彼らの歩みそのものが、復活したイエスさまの姿を現すものとなっていたのだと思います。

わたくしの恩師は下山正義神父さまです。神父さまが「圭三、お前神父になれ」と言われたので神父になりました。言われなければ絶対ならなかったと思います。神学科3年くらいの時だったでしょうか、本所教会の司祭館でお茶をごちそうになっていたとき、突然神父さまが「圭三、お前、オレの言うこと聞け。言うこと聞かないとヒドイぞ」とおっしゃったのです。「神父さん、わたしが神父さんの言うこと聞かないなんてこと、ないじゃないですか!」と答えましたが、何の脈絡もなく言われたその話は、全くその一言だけで、それっきりでした。下山神父さまはわたくしが司祭に叙階される前の年に86歳で帰天されました。わたくしは、司祭に叙階されてしばらくは「ああ、下山神父さんが死んでからの叙階でよかった」と思っていました。なぜなら、下山 神父さまは激しいところのある方で、「圭三、司教があんなこと言ってるゾ、お前、行って文句言って来い」くらいのことを言いかねない方だったからです。しかし、人は死んでも決してなくなりません。そのことをはっきりと教えてくれたのは下山神父さまです。司祭になったとたん、人との関係性が変わ り毎日が大変でした。今思うと、それは「自分らしさ」に逆らう道でした。半年経った時、もう10年くらいは経ったように感じていました。そして特に初めの10年間は、これでもかこれでもかと大変なことがやってきました。でもその道に、いつも下山神父さまが関わっておられると感じていました。そしてその時、「圭三、お前、オレの言うこと聞け。言うこと聞かないとヒドイぞ」と言われた意味がわかりました。言われていなかったら、おそらくあの道を通れなかったと思うからです。あるいは自分のやりやすい仕方で、自分の通れるところだけを選んで、司祭職を狭めて、苦しいものにしてしまっただろうと思います。

わたしは今司祭叙階21年ですが、喜んで、自由に司祭職を歩ませていただいていると思っています。「圭三、お前、オレの言うこと聞け。言うこと聞かないとヒドイぞ」と言っていただいて、本当に良かった。この言葉は、下山神父さまが生きている間ではなく、亡くなられてからのわたしのための言葉でし た。そして今、「下山神父さまを通して、『我に従え』とおっしゃったのは、あなたですか」とお訊ねしたとき、涙が止まりませんでした。

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