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教会誌「こころ」巻頭言
Kokoro
2019年 10月 6日(日曜日)

九月の雑感

教会誌「こころ」2019年10月号より
主任司祭 ルカ 江部純一

若い頃(といっても二十年くらい前までであるが)、秋になると何となく寂しい気分になり、もの悲しい思いに襲われたものである。最近そういうことがなくなった気がするのは、単に感受性が衰えたのか、それとも季節の変化が以前ほど感じられなくなったからなのか。いずれにせよ、特に初秋のすがすがしさと物寂しさを感じ取る機会が減ったことは確かである。

23日に行われた国連気候行動サミットで、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさん(16歳)が各国首脳や閣僚に厳しい言葉を述べ、気候変動対策の不十分さを痛烈に批判した(グレタさんの行動や発言等は「毎日新聞」に拠る)。スウェーデン政府に取り組みの強化を求め、金曜日に学校を休み国会前に座り込んだグレタさんの行動は、若者の共感を呼び、世界各地に運動が広がっている。それは、「パリ協定」(気候変動対策国際枠組み)の目標達成のため、世界中の国が根本的な政策転換を求めることである。しかし、産業革命前からの地球の平均気温の上昇を1.5度に抑える努力目標を達成するには現在の各国の対応では到底及ばない。日本の取り組みも不十分である。「人々は困窮し、死にひんし、生態系は崩れる。私たちは絶滅を前にしている。なのに、あなたがたはお金と、永続的経済成長という『おとぎ話』を語っている。よくもそんなことが!」「あなたたちは空虚な言葉で、私の夢を、私の子供時代を奪った」との叫びは心を打つ。

以前よりも確実に強力になった台風、豪雨などによる被害は、数年前十数年前とは明らかに異なり、毎年のように「記録的」が増し加わっていく。夏の気温が34~35度というのが当たり前のようになった夏が終わっても、初秋の趣は感じられないのかもしれない。

「神にかたどって創造された」人を神は「祝福して言われた」。「産めよ、増えよ、地満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」(創世記・27-28)。神のかたどりとしての人間には、神の意図=善が備わっている。神の祝福は承認、同意でもある。人間を肯定し、人間が神の創造と祝福の秩序にふさわしく統治するよう、委ねられているのである。地を従わせ、生き物を支配するのは、人間が自分勝手に、何でも思い通りにしていいということではない。地球上のあらゆる生き物や環境に目を配り、面倒をみ、養い、共生していくことである。それは「仕える」ことであるといってもいい。この責任を果たしていくことは人間の務め、使命であろう。

だれもが若い世代、後の世代に幸福になってほしいと願っている。「健やかな地球を子孫に引き継ぎことに異を唱える人はいない。そのためにどのように行動するかが問われている。大人には、若者の申し立てに答える責任がある」(「毎日新聞」9月25日社説)。

あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。
月も、星も、あなたが配置なさったもの。
そのあなたが御心に留めてくださるとは 人間は何ものなのでしょう。
人の子は何ものなのでしょう あなたが顧みてくださるとは。
神に僅かに劣るものとして人を造り なお、栄光と威光を冠としていただかせ
御手によって造られたものをすべて治めるように その足もとに置かれました。
羊も牛も、野の獣も 空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。(詩編8・4-9)

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