教会誌「こころ」2015年7月号より
主任司祭 パウロ三木 稲川圭三
みなさんは、ご自分のいちばん古い記憶が何であるかご存じですか。わたしのいちばん古い記憶は、激しく泣いている記憶です。東京の江東区の下町にあった生家は、木造の平屋のあばら屋でしたが、窓際に寝かされていたわたしは、昼寝から目を覚まして、母がいなかったので大泣きしておりました。あんまり激しく泣いたからでしょう、隣のカヨちゃんというおばちゃん(今考えればお姉さんという年齢だったはず)が来て、「圭三ちゃん、どうしたの?」と言って、外から窓を開けて、窓越しにわたしをあやしてくれました。しかし、わたしは一向に泣き止みませんでした。それがわたしのお母さんではなかったからです。しばらくして、母が帰って来たのでわたしは泣き止みました。わたしのお母さんが帰って来たからです。5人兄弟のわたしが、「家の中に一人だけだった」ということから考えると、おそらく9歳の姉と7歳の兄が小学校で、5歳の兄が幼稚園、末っ子の弟は乳児で、母に背負われていた、という状況であったのだろうと思われます。そう考えると、きっとわたしは2~3歳だったのでしょう。せっかくあやしに来てくれたのに、全く泣き止まないわたしに、笑いながらも困ったような顔をしていたカヨちゃんのことをなんとなく覚えています。後で母に聞いたら、なんでも商店街の郵便局まで、記念切手を買いに行ったら、窓口に結構行列が出来ていて、思わぬ時間がかかってしまい、並びながらも心配で、気が気でなかったということだったようです。
4~5世紀に活躍した古代キリスト教の神学者・聖アウグスチヌスは、「三位一体論」「神の国」などを始め、膨大な著作を残し、西欧思想全体に大きな影響を及ぼした方ですが、その著作「告白」の冒頭に、こういうくだりがあり、ふと思い出しました。
「あなたはわたしたちを、ご自分にむけてお造りになりました。ですからわたしたちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです」(第一巻・第一章)
自分の幼少時の記憶に、聖アウグスチヌスの言葉を結びつけるとは、いささか牽強付会(けんきょうふかい)ですが、母が帰るまで泣き止まなかった出来事の内に、「神さまのうちに憩うまで、安らぎを得ることができない」、という人間のいのちの有り様の一端が、そんなかたちの中にも現れていたのではないかなと思いました。
ところで、そんな人間のいのちの有り様の根源をお造りになったのは神さまです。わたしたちが「神さまのうちに憩うまで、安らぎを得ることができない」のは、神さまがわたしたち人間を、「ご自分に向けてお造りになられた」からです。わたしたちは神さまの子、神さまはわたしたちの産みの親です。わたしたちのいちばん古い記憶を遙かに超えて、「神さまがわたしたちの親である」という「永遠の記憶」を、神さまはわたしたちのうちに刻んでくださっているのです。
イエスさまは言われました。
「わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることである」(ヨハネ6・40)
「わたしの父のみこころ」とは、天の父である神さまの「お望み」のことです。ですから、わたしたちの親である神さま、父である神さまを喜ばせるには、わたしたちが皆、永遠の命を得ればよいということです。「永遠の命を得る」とは、共にいてくださるイエスさまを信じること。信じるとは、一緒の向きで生きることです。イエスさまは人間の中の悪に目を留めるお方ではありません。悪があるにも関わらず、その最も奥深くに、神の似姿が刻まれていることを見出してくださるお方です。わたしたちが時に忘れかけてしまう大切な真実、わたしたちに刻まれた「永遠の記憶」を思い出させてくださるお方です。
だから、わたしたちの親である神さまを喜ばせるために、今日もイエスさまと一緒に祈りましょう。出会う人の中に、神さまが共におられる真実を見出すようにいたしましょう。「神さまがあなたと共におられます」と祈るようにいたしましょう。「イエスのみこころ教会」(麻布教会)に連なる者として、イエスさまのお心を行う者になりましょう。
