| 
教会誌「こころ」巻頭言
Kokoro
2014年 12月 25日(木曜日)

クリスマスはどのように過ごせばいいのですか?

教会誌「こころ」2015年1月号より

 

主任司祭 パウロ三木 稲川圭三

 

先だってのことですが、前に主任をしておりました教会の時、関わることの多かった葬儀社の社長さんから、お手紙をいただきました。それは、「会社で出している月報に短い記事を書いていただけないか」という内容でした。記事の内容は「こども・なぜなぜ相談室」! わたしが以前、小学校の教師であったのをご存じでお話が回ってきたようです。その方はわたしと同年代の方で、熱心な仏教徒の方です。また会社も仏さまへの信心を全面に打ち出している葬儀社ですので、「わたしが書くのでいいのですか?」という気持ちでしたが、一応、お受けすることにしました。後日いただいた「お題」はさすがに仏さまに関するものではなく、この時期にふさわしいテーマでした。

「クリスマスは、どのような気持ちで、何をして過ごせばいいのですか? 私も、家族も、病気で寝ているおばあちゃんも(キリスト)信者ではありません。」

いただいたお題に、次のようにお答えしました。今はちょうどクリスマスの時期ですので、ご紹介させていただくことにします。

クリスマスが近づくと、デパートに大きなクリスマスツリーが飾られたり、街中にイルミネーションが輝いたりします。クリスマスには「光」のイメージがあります。また、クリスマスになると、プレゼントを贈ったり、いただいたりする、「お祝い」のイメージがあります。みなさま、クリスマスが何の日であるかご存じですか? クリスマスは、イエス・キリストの誕生をお祝いする日です。イエスというお方は、今から2000年前にユダヤのベツレヘムという地で生まれました。そして、33歳位の時に、十字架に付けられて亡くなられたのです。

イエスというお方が、何をなさったか、ご存じですか? イエスというお方は、ただ、ただ、人間の中に神さまが共におられ、一人ひとりの人の内に、神さまがお住まいになっておられる真実を、見て、告げて、そのことを一人でも多くの人に出会わせようとされたお方なのです。人から罪人と呼ばれ、相手にされなかった人の内にも、神さまが共におられることを、ごらんになったのです。見られた人は、きっと心の中に「ぽっ」と光が灯ったと思います。これが「光」のイメージです。そして、その光をいただいた人は、イエスというお方の心と眼差しをいただきました。そして、その心と眼差しで人を見るようになっていったのです。それは神さまからのプレゼントでした。そのイエスというお方が、今もわたしたち一人ひとりの内に、一緒の向きで生きていてくださいます。そのことを「お祝い」するのが、クリスマスです。だから、どうぞ、ご家族のお一人お一人に「神さまがあなたと共におられます」とお祈りください。病気で寝ているおばあちゃんに、お祈りください。そして、ご家族のみなさんのお一人お一人の心に、ともし火を灯してください。それが本当のクリスマスの「光」です。そして、それが本当のクリスマスの「お祝い」です。

キリスト信者でない方々に向けて、このように書きましたが、洗礼を受けて、キリスト信者となっておられる皆さんに対しても、お話ししたいことは、全く一緒なのだと、今気づきました。お互いの中におられる、目に見えない神さまの存在を認め合って、ともし火を灯し合って、そのまなざしを贈り合うクリスマスとなりますように。

主の平和がいつも皆さんと共に。

今週のお知らせはこちら 毎週土曜日更新

過去の巻頭言

Archive

お知らせ

Information

ミサの予定

Mass Schedule