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こころ巻頭言
Kokoro

女子カルメル会の黙想指導

教会誌「こころ」2017年9月号より
 
主任司祭 パウロ三木 稲川圭三
 

8月20日(日)夕刻から26日(土)午前中まで、調布市深大寺元町にあります、女子カルメル会修道院の黙想指導を行いました。黙想指導というと何かちょっと偉そうに聞こえるかも知れませんが、わたしがしたことと言えば、シスターたちにお話をしただけです。わたくしは修道生活ということについて、何も知りませんし、専門的な知識もありませんので、「自分が教区司祭として、体験として知っていることだけしか話せませんが、それでいいのですか?」とお尋ねすると、院長さんが「それでいいです」とおっしゃったのでお受けすることになりました。

修道院は、深大寺のすぐ南側に位置します。武蔵境駅と調布駅を南北に結ぶ「武蔵境通り」に「深大寺入口」という交差点があり、そこを折れるとお寺の南側の敷地を縁取るかたちで、緩やかにくねりながら続く桜並木になっています。そこは、道沿いに幟(のぼり)や緋毛氈(ひもうせん)や提灯などが出て、また店先に水車が回るなど、風情のある構えの蕎麦屋が立ち並ぶ、趣のある通りです。夏の木立に囲まれて鬱蒼(うっそう)とした中にある「深大寺」という交差点を南に折れると、程なく右手に「あずき色」の塀に囲まれた、カルメル会修道院が見えてきます。

カルメル会は観想修道会で、基本的に修道院の中だけで祈りと観想、労働を中心とした生活を送る修道会です。観想修道会は外的な活動に関わるのでなく、神さまの豊かなめぐみをすべての人の上にもたらすよう、神のみことばの黙想に励みます。生涯、一定の修道院に定住し、特別な許可がない限りその囲いから出ることはありません。一週間お世話になった居室の机に、丁寧な文字で修道院の時間割が書かれていたのでご紹介しておきましょう。


午前
5:35 朝の祈り・三時課
6:50 ミサ
8:30 念祷(1時間)
11:30 六時課・九時課

午後
2:50 仕事
4:50 晩の祈り・念祷(1時間)
6:20 お告げの祈り
8:30 読書課(寝る前の祈り)


初日にこの日課を見て、院長さんに「朝の祈り、5:35とありますが・・・」とお尋ねすると、にっこり笑って「神父さまは6:50のミサをしていただければ」と言われたので、ホッとしました。居室は修道院の聖堂に近いので、毎日時刻になると、シスターたちのきれいな祈りの歌声が聞こえてきました。

さて、カルメル修道会はわたくしにとって、馴染みのある修道会でもあります。それは、わたしの恩師である下山正義神父さまが、この修道会が大好きだったからです。神父さまは頂き物のお米とか、調味料とか、果物だとかがある程度たまると、車で修道院まで届けていました。わたくしも神学校に入る前と、神学生になってからも、何回か神父さんの車のドライバーになってこの修道院を訪れたことがあります。下山神父さんは晩年に近い頃、「なんでオレはこんなにカルメルが好きなのかなァ」と誰に言うでもなく、つぶやいておられました。わたくしの勝手な想像なのですが、亡くなられた妹の順子さんに関わりがあるのではないかなあと思います。下山神父さんは、若い時から体の強い人ではなかったそうです。盛岡の四ツ家教会の出身なのですが、神学校に入ってからも体が弱くて、3年生くらいの時だか、結核になって休学して、家に戻って来ていたということです。体力的に多分無理だったのだと思います。下山神父さんには妹が二人いて、その二人の妹も、もう自分が修道院に入るということを決めていました。内定というのでしょうか。ところが、その下の方の妹が、十五歳の時に、バレーボールの試合をしているときに、突然亡くなったのです。とても運動神経が良くて、利発で活発なお嬢さんだったそうです。ところが、後から日記が出てきて、そこに、「兄の希望である司祭職へたどりつくことができますように、自分の生命を身代わりに犠牲にしたい」と、マリア様に、神さまへのとりつぎを祈る文面が、切々と訴えていたということです。その日記を読んで泣かされたと、下山神父さんはおっしゃっていました。そして「体の弱かったわたしは、この妹の死後、病気もせずに司祭生活を忙しく過ごすことができています」と書いておられました。下山神父さんは生きていた時、妹さん、「順子さん」の話が出るたんびに、涙を流しておられました。そして「恩人」だと言っておら れました。妹は天国で今もわたしの守護者となってくれています、と話しておられました。その順子さんが入会する予定にしていた修道院はたしかカルメル会だったのではないかと思います。神父さんは、「どうしてオレはこんなにカルメルが好きなのかなァ」とおっしゃっていましたが、どこかに順子さんのことが重なっていたのではないかと勝手に想像しています。

さて、1年近く前にこの黙想指導のお話をいただいていたので、準備をする時間は十分あったのですが、実は、何の準備もしないまま当日を迎えてしまいました。言い訳がましいのですが、何か本を読んで考えをまとめても、付け焼き刃のようなものにしかならないので、お会いして、そこで自分が話せることを話そうと考えていました。そして、最終的には、自分と下山神父さんとの関わりを話せばよいのかなと思って当日を迎えました。神父さんが、1年生のわたしに「圭三、お前神父になれ」と言われたこと。「圭三、お前、オレの言うこと聞け。言うこと聞かないとヒドイぞ」と言われたこと。そしてその言葉が、本当にわたしを助けてくれたのは、下山神父さまが亡くなってからのことだった、ということ・・・。そんなことを取り留めなく お話しいたしました。

シスター方は、下は30代、上は90代の年齢の幅があるのですが、驚いたことに、殆どの方が何かしらの形で下山神父さまと関わりがあって、懐かしいとおっしゃっていました。本当にカルメルのことを愛しておられたのだなあと、改めて感じさせられました。毎日のお話の後、シスター方と一対一で面 接をする時間があるのですが、わたくしの下山神父さまとの関わりの話しを聞いて、皆、御自分の召命について、また思い起こすきっかけになったと話しておられました。ある方は、姉に誘われて教会に行き、教会から家に帰る途中の道のりで、どうしようもなくカルメルに行きたい思いが高まってし まったのだと話しておられました。またある方は、3歳で終戦を迎えたとき、こたつの中で眠っていて、両親が「自分たちはいいけれど、子どもたちには何とかして食べさせてやらなければ」と話すのを聞いて、こたつの中で泣き、そこで何かに触れたのだと話しておられました。ご両親の言葉を通して、「いのちあるすべての物に食物をお与えになる神」の全能と憐れみに触れられたのではないでしょうか。またあるお方は、黙想会の最中、庭を歩いていて、神さまに出会われたのだと話しておられました。またある方は、修道院に入ることでご両親を本当に悲しませたことを、今でも心に留めておられると話しておられました。わたくしは、亡くなられたご両親は、今、娘であるあなたさまの生涯を通して、人間のいのちが永遠であるということを、はっきりと知らされ、感謝しておられることと思います、とお話しさせていただきました。

一週間教会をお留守にして、関わらせていただいた黙想指導は、わたくし自身、たくさんの気づきを与えていただく恵みの時となりました。ただ、巻頭言で表す内容とはなりにくいので、表面的なことに終始いたしました。雑駁な感想にお付き合いいただき、ありがとうございます。

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